末梢血幹細胞移植と骨髄移植
末梢血幹細胞移植と骨髄移植はそれぞれ利点と欠点があり、一概にどちらが優れているとはいえません。それぞれの利点、欠点についてドナーの立場と患者の立場から説明します。(ここでは他人から移植を行う同種移植についてのみ説明します。自家移植では、ほとんどの場合、末梢血幹細胞移植が行われています。)
1. ドナーの立場から
骨髄採取における合併症の多くは麻酔に伴う合併症です。これまでに世界で4例の死亡事故が報告されており、いずれも麻酔に伴うものと考えられています。麻酔薬によって肝障害を起こすことや、一部の特殊な体質の人で筋肉が融解するという合併症も知られています。骨髄の採取量は数百ccに達しますので、大量出血とおなじような負担が体にかかるため、予め自分の血液を貯めておいて手術中に体に戻すという操作も必要になります。また、骨盤の数十カ所以上に針を刺しますので、麻酔が覚めた後に痛みが続くことがあり、長い場合には2週間以上も腰の鈍痛が続くことがあります。また、発熱や骨髄穿刺部からの出血もしばしばおこります。
末梢血幹細胞移植の大きな魅力は全身麻酔を必要としないことです。しかし、ドナーさんにG-CSFという白血球を増やす薬を注射しますので、その副作用が問題になります。G-CSFの大量投与によって多くの人に骨の痛みが出現するだけでなく、末梢血の白血球数が上昇し、血液が固まりやすい状態となって、実際にこれまでに採取中に心筋梗塞、脳梗塞などを起こしたドナーさんもいます。そのため、動脈硬化の危険因子を持っている人にはお勧めできません。G-CSFの影響で脾臓が大きくなって破裂し、手術が必要になったという事例もわずかながら報告されています。G-CSFの長期的な副作用の有無については未だ不明です。また、血球分離装置への血液の流出や迷走神経反射などによる血圧低下や、体外での血液の凝固を防ぐための薬の副作用でしびれなどの症状が一時的にでることがあります。末梢血幹細胞採取によって血小板が減少することも知られています。
2003年2月10日に、日本国内の末梢血幹細胞移植のドナーさんが提供の約1年後に急性白血病を発症してお亡くなりになったことが公表されました。現時点で、末梢血幹細胞採取時のG-CSFの投与と白血病発症との因果関係は不明です。平成16年末の日本造血細胞移植学会の調査報告では、骨髄移植ドナーと末梢血幹細胞移植ドナーで、造血器悪性腫瘍の発生頻度に差がないことが示されました。日本国内では骨髄採取後に6927人中2名、末梢血幹細胞採取後に3430人中2名、欧州では骨髄採取後に40192人中9名、末梢血幹細胞採取後に23474人中5名という結果でした。
2. 患者の立場から
骨髄移植よりも末梢血幹細胞の方が移植後の造血の回復が早いことが知られています。そのため、感染症の減少、輸血量の減少、入院期間の短縮が期待できます。末梢血幹細胞移植では、骨髄移植と比較して大量のドナーのリンパ球が移植されるため、重症の急性GVHDが発症することが危惧されていましたが、これまでの海外の報告では急性GVHD発症が著しく増加するということはないようです。一方、慢性GVHDについては末梢血幹細胞移植後に多くなるということが報告されています。これは、移植後のquality of lifeの低下につながる可能性がある一方で、graft-versus-leukemia/lymphoma(GVL)効果という免疫学的な抗腫瘍効果が高まる可能性もあり、より病状の進んだ状態での移植では末梢血幹細胞移植の方が良い成績が得られるのかもしれません。
以上から、現時点では末梢血幹細胞移植と骨髄移植の比較に関しては、ドナーの立場からも、患者の立場からも優劣ははっきりしていません。(経験数という点では、圧倒的な歴史の長さから、骨髄移植が優れています。)現在、ドナーの安全性については日本造血細胞移植学会のドナーの追跡調査で評価を行っています。
3. 臍帯血移植
臍帯血移植は通常はそのまま破棄されている臍帯血を用いますので、ドナーに全く負担がかからないという魅力があります。また、臍帯血バンクには既に凍結された臍帯血が保存されていますので、タイミング良く移植を行えるという利点もあります。一方、移植後の造血の回復が遅いことや、生着不全の頻度が高いことが問題となっています。当院では、骨髄移植、末梢血幹細胞移植の適切なドナーが見つからない場合に限って臍帯血移植を検討しています。
http://www.h.u-tokyo.ac.jp/mukin/