悪性リンパ腫の新しい治療と新しい薬
更新日:2006年10月01日 掲載日:2006年10月01日
1.はじめに
この項では、近年わが国で悪性リンパ腫に対して利用可能となった新しい治療・薬(抗がん剤)について解説します。
2.リツキシマブ(商品名:リツキサン)
リツキシマブは、白血球の一種であるBリンパ球の表面に発現しているCD20抗原というタンパクに結合する抗体として、遺伝子組換え技術によりつくられた薬剤です。CD20抗原はB細胞性の悪性リンパ腫の大多数に存在しており、B細胞性リンパ腫に対する優れた標的です。リツキシマブはこの抗原に結合する(抗原-抗体反応)ことで、直接がん細胞を攻撃したり、生来体内に備わっている他の免疫能を介してがん細胞を死滅させます。マウスで開発された抗体成分の大部分を人間の成分に置き換えた合成薬なので、長く体内に残り、長期にわたって効果が期待できるという特徴があります。
1998年に、アメリカで行われた再発・再燃例の低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫に対する開発治験では、48%という高い奏効割合(がんのサイズが半分以下に縮小する割合)が報告されました。わが国でも、患者さんに対する同様の開発治験で61%という奏効割合が確認され1)、2001年9月に保険適用が承認されました。中悪性度リンパ腫の代表であるびまん性大細胞型B細胞性非ホジキンリンパ腫でも、再発・再燃例に対するわが国の開発治験で35%の奏効割合が認められ2)、2003年9月より、「CD20抗原陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫」に対して適応承認が得られています。
このようにリツキシマブは、B細胞性非ホジキンリンパ腫に対して単剤でも高い効果が期待できますが、他の抗がん剤と併用しても副作用が増強されないこと、併用した抗がん剤のリンパ腫細胞に対する薬剤感受性を高めることが知られています。併用療法で用いることで、さらなる効果が期待されます。
このことは、海外で行われた大規模な比較試験によって証明されています。
イギリスで行われた、未治療の進行期低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫を対象とした「CVP療法(シクロホスファミド/ビンクリスチン/プレドニゾロンの併用化学療法)」と「リツキシマブを併用したCVP療法」の比較試験において、奏効割合がCVP療法の57%に対してリツキシマブを併用したCVP療法では81%と、統計学的に明らかな差が認められました。また、30ヵ月の観察期間において、無増悪生存期間(悪性リンパ腫の再発・増悪をみないで生存する期間)がCVP療法15ヵ月に対して併用したほうが32ヵ月と、明らかな延長も認められています3)。
フランスからは、60歳以上の未治療の進行期びまん性大細胞型B細胞非ホジキンリンパ腫の患者さんを対象に、従来の標準的な化学療法である「CHOP(チョップ)療法(シクロホスファミド/ドキソルビシン/ビンクリスチン/プレドニゾロンの併用化学療法)」とリツキシマブとCHOP療法を併用した治療(“「R-CHOP」”と呼ばれます)とを比較した試験の結果が報告されています。そこでは、完全寛解割合がCHOP療法の60%に対して、R-CHOP療法では75%という差が認められました。また、生存に関しても、2年の生存割合がCHOP療法の57%に対してR-CHOP療法は70%と、10%以上の向上が得られたと報告されています4)。このように、従来の化学療法に加えてリツキシマブを併用することの利益は明らかであり、非ホジキンリンパ腫の病型にかかわらずリンパ腫の細胞がCD20抗原陽性であるならば、リツキシマブを併用した化学療法が現在の標準治療と考えられています。
リツキシマブは、初回治療に組み込む以外の使い方でも有用性が示唆されています。低悪性度B細胞性非ホジキンリンパ腫の代表である、濾胞性(ろほうせい)リンパ腫の未治療または再発・難治の患者さんを対象に、リツキシマブによって寛解導入治療を行った後に経過観察するグループと、さらにリツキシマブによる維持療法を追加して行うグループについて再発・増悪などが起こるまでの期間を比較しました。リツキシマブを追加しなかったグループは12ヵ月であったのに対し、維持療法として追加したグループでは32ヵ月であったと報告されています5)。
そのほかにも、濾胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫に対してリツキシマブを用いた維持療法を行うことで、寛解持続期間が延長するという報告がいくつかあります。その一方で、中悪性度リンパ腫の代表であるびまん性大細胞型B細胞性非ホジキンリンパ腫に対しては、リツキシマブによる維持療法は有効性が認められなかったという大規模な比較試験の報告もあります6)。維持療法が有益であるものとそうでない病型があることには、注意が必要です。
現在、リツキシマブによる維持療法が有用な病型は、濾胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫であるとされています。
従来の抗がん剤治療では、がん細胞が減ったようにみえても感度の鋭い遺伝子レベルの検査を用いて調べてみると、微量のがん細胞が検出されるのが常でした。しかし、抗原抗体反応によってがん細胞を攻撃するリツキシマブは、そのような微量の細胞も残さない程度までがん細胞を殺してしまうことも期待できます。
自己造血幹細胞移植を併用した大量化学療法において、リンパ腫細胞の骨髄への浸潤(しんじゅん)が高頻度にみられる濾胞性非ホジキンリンパ腫やマントル細胞リンパ腫では、採取する細胞の中へリンパ腫細胞が混入してしまうことが、しばしば問題になります。そこで、リツキシマブの抗がん効果を期待して、自己造血幹細胞を採取する前に行う化学療法の直後にリツキシマブを併用し、血中にわずかでもがん細胞が残らないようにしてから採取する方法が考案され、臨床応用されています。実際に、この方法を用いた場合には、採取した細胞の中に入り込むがん細胞がなくなることが遺伝子レベルの検査で確認されていて7)、自己造血幹細胞移植後の再発を減らすのに役立つことが期待されています。
3.クラドリビン(商品名:ロイスタチン)
クラドリビンは、がん細胞の遺伝子合成にかかわる酵素を阻害することで効果を発揮する抗がん剤です。欧米において、1980年代後半より低悪性度非ホジキンリンパ腫に対する効果が検討され、再発および難治性の低悪性度非ホジキンリンパ腫に対して、30~50%の奏効割合が報告されてきました。わが国では、再発・再燃または治療抵抗性の低悪性度非ホジキンリンパ腫を対象にした開発治験で58%という高い奏効割合が確認され8)、2002年12月に「再発・再燃または治療抵抗性の低悪性度またはろ胞性B細胞性非ホジキンリンパ腫、マントル細胞リンパ腫」に対して適応承認がなされています。
海外では、未治療の低悪性度非ホジキンリンパ腫に対しても効果が検討され、単剤で80%を超える奏効割合が報告されています。中でも胃に起こった未治療のMALTリンパ腫に対しては、100%の完全寛解割合が報告され9)、一般的に化学療法に対する感受性が低いとされているMALTリンパ腫に対する有用性が期待されています。ただし、わが国においては保険適用の対象外です。
他の抗がん剤との組み合わせとしては、ミトキサントロン、シクロホスファミドとプレドニゾロン、リツキシマブ等との併用療法が報告されています。これらの併用療法では、再発・難治性(報告の一部には、未治療例も含まれる)の低悪性度非ホジキンリンパ腫に対して28~88%の奏効割合が報告されています。再発した患者さんに対する救援療法としての一薬剤にとどまらず、低悪性度非ホジキンリンパ腫に対して重要な位置を占める薬剤となることが期待されています。吐き気や脱毛等の副作用の頻度は少なく、治療を受ける患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)の向上も期待できそうです。
ただ、このように、低悪性度リンパ腫に対して高い効果が認められているクラドリビンですが、注意しなければならない点もあります。がんに対する効果と同時に、正常なリンパ球にもダメージを与えてしまうため、免疫能を低下させてしまい、ヘルペス感染などの日和見(ひよりみ)感染症を引き起こしやすいこと、また、前治療歴が長く抗がん剤の蓄積量が多い場合には、白血球や血小板減少が長引く可能性があること等です。
4.新しい薬
以下に、わが国で開発治験が終了し、近日中に非ホジキンリンパ腫に対して適応承認が見込まれている抗がん剤を紹介します(2006年7月現在)。なお、これらの薬剤の適応については、「再発・再燃または治療抵抗性」が対象になると見込まれています。
1)フルダラビン
フルダラビンはクラドリビンと似た化学構造を持つ薬剤で、クラドリビン同様、がん細胞の遺伝子合成を阻害することで効果を発揮する抗がん剤です。慢性リンパ性白血病に対して高い効果が認められていて、わが国では「貧血または血小板減少を伴う慢性リンパ性白血病」に対して適応承認が得られています。慢性リンパ性白血病は、低悪性度非ホジキンリンパ腫と似通った点のある病気と考えられ、欧米では低悪性度非ホジキンリンパ腫に対してもフルダラビンが検討されてきました。その結果、再発・再燃例の低悪性度非ホジキンリンパ腫に対しても単剤で50%台の奏効割合が認められました。初回治療の場合でも、濾胞性非ホジキンリンパ腫に対して60%以上の高い奏効割合が報告されています。しかし、未治療の低悪性度非ホジキンリンパ腫を対象としたフルダラビンとCVP(シクロホスファミド/ビンクリスチン/プレドニゾロン)療法との比較試験では、奏効割合こそCVP療法の59%に対して76%とフルダラビンが勝っていたものの、増悪までの期間と生存期間は両者の間で差が認められなかったという報告があります10)。単剤での効果が、従来の抗がん剤をしのぐものかどうかは不明です。
単剤でも期待できる高い抗がん効果から、海外では他の抗がん剤と組み合わせた併用療法の研究も進んでいます。ミトキサントロン、デキサメタゾン、シクロホスファミド、リツキシマブ等との併用で、未治療例のみならず、再発・難治例に対しても80~90%もの奏効割合が報告されています。
わが国では保険適用がないために、注射薬であるフルダラビンの悪性リンパ腫に対する検討は行われてきませんでした。しかし、イギリスで開発された内服薬のフルダラビンの開発治験が悪性リンパ腫に対して行われ、完了しています。内服薬にもかかわらず注射薬と同等の血中濃度が得られ、濾胞性非ホジキンリンパ腫を中心とした再発・難治性の低悪性度非ホジキンリンパ腫に対して65%と、欧米の報告と同等の高い奏効割合が確認されています11)。その簡便性から、頻回に通院する必要がなくなり、高いQOLが維持されることも期待されています。しかし、内服薬だからといって決して副作用が軽い訳ではありません。白血球の減少が注射薬と同程度に高い頻度で認められます。帯状疱疹(たいじょうほうしん)などの免疫能の低下からくる感染症も起こりうるため、使用に関しては十分な注意が必要になるでしょう。
低悪性度非ホジキンリンパ腫は経過の長い疾患です。これらの薬剤の高い効果が一時的なものであるのか、それとも長期的な予後の改善をもたらすのかは、現時点ではまだ不明です。しかしフルダラビンは、欧米において低悪性度非ホジキンリンパ腫に対する薬剤の中でも重要な位置を確立しています。わが国においても治療の選択肢が広がることが期待されます。
2)イブリツモマブ
イブリツモマブは、CD20抗体にイットリウムという放射性同位元素を結合させた、次世代の抗体薬として開発されました。リツキシマブにも直接的な抗がん効果はあるのですが、主な作用は人間が生来持っている免疫能を利用してがんを攻撃するというものです。それに対してイブリツモマブは、放射性同位元素から発せられる放射線により、直接的にがんを攻撃するという機序で効果を発揮します。それにより、CD20の発現がそれほど強くないがん細胞や、リツキシマブが届きにくい大きながんの内部に対しても効果が期待されています。アメリカで行われた開発治験では、リツキシマブに対して抵抗性となったCD20陽性のB細胞性非ホジキンリンパ腫に対しても、単剤で60~70%という高い奏効割合が認められました。中には5年以上の長期間、再発が認められていない例も報告されています12)。わが国で行われた開発治験でも、海外の治験に劣らない効果が確認され、CD20陽性非ホジキンリンパ腫に対する有力な治療手段となることが期待されています。しかし、放射性物質を用いるために、体外被曝(ひばく)の可能性もありうること、正常な血液の細胞も放射線の影響を受けて造血能が落ちてしまう等の問題点もあり、適応に関しては十分な検討が必要となるでしょう。
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http://ganjoho.ncc.go.jp/public/cancer/data/ML_new_therapy.html